義弟夫婦が三日ほどうちに泊まった後で、16区のうちの長女のアパルトマンから遠くない自分たちのアパルトマンに昨日戻っていった。
私たち夫婦は8月の末に8日間、孫クンをヴァカンス先であずかった。義弟夫婦は、9月はじめに、長女夫婦、長女の友人夫婦プラス孫クンをマドリードの自宅に10日間泊めてくれた。その間二組の若いカップルが観光している間、義弟の奥さんが庭のプールなどで毎日孫クンを遊ばせてくれた。孫クンが最初に義弟を見た時、一瞬驚き、躊躇した後、にっこり笑って「ピアー(うちの夫のこと)!」と叫んで両手を広げて抱っこをせがんだことは前にも書いた。その後で、孫クンはみんなが義弟のことを「Didierディディエ」と呼んでいるのを聞いて、時々「ディジェー」とも呼ぶようになったが、夜寝る時は必ずピアにするようにだっこをせがんでお歌を歌ってもらわないと寝なかったそうだ。
それからうちに来て本物のピアと再会した時、一度だけ「ディジェー」と呼んだことがある。うちの夫はもちろん憮然としていた。
当然だが孫クンは婿クン側の祖父母を私たちと間違うことはない。夫と義弟を混同するのは明らかに彼らが実際に似ているからである。もちろん良く見ると違うし、うちの子供たちは小さい時からこの義弟夫妻のところで何度もヴァカンスを過ごしたが、一度も「パパ」と「ディディエ」を混同したことはない。まあ、パパは絶対の存在感のある太陽だったし、頻度も違う。でも孫クンにとっては、一世代置いての関係だから「ピア」と「パパ」は違っても、「ピア的な人」は混同しやすいんだろう。
で、ディディエが、孫クンちに二人で同時に行って孫クンの反応を見てみたいと言い出した。ついにピアとディジェーが同一人物でないことが明らかになるのだ。
私たちはこのプランにわくわく。
昨日の夕方7時に、長女のうちの前で待ち合わせた。
長女にはもちろんOKをとってあるが、平日の夕方、夕食を済ませた頃に突然大人4人がやってきて孫クンを興奮させるなんて、後で寝かしつけるのが大変かもしれず、いい迷惑であり、大人気ない話である。
夫はまず、自分が先に行って、心の準備をさせるとか言ったが、すぐに却下された。一緒に行って、孫クンのうろたえる顔を見たい、どっちがピアでどっちがディジェーか見分けられるか見たい、と残り3人が思ったからだ。
7時。私は時間通りに行ったが、長女のアパルトマンのある建物の前で、もう3人はわいわい言ってたむろしている。
作戦を練る。
まず、私と義弟の奥さんが入る。その後少しおいてから兄弟が同時に入ってくる。こうすると孫クンの反応を私たちはじっくり観察できるからだ。
アパルトマンの前に立ちベルを鳴らす。婿クン手作りの夕食の支度のいいにおいがしてくる。
婿クンがキッチンから出てくる。
あれ、孫クンは?
今食べ終わったところで、寝室で遊んでいる。
私が寝室に入っていくと、「ママン?」と言って振り向いた。
私だと分かると、
「ミア」と嬉しそうに言って寄ってきた。
義弟の奥さんも続いて、マドリードでいつも歌ってやっていたらしい歌を歌って、孫クンの記憶をよびさまそうとしている。
ここまで、孫クンは、機嫌がいい。
で、そこに、突然、「Dupond et Dupont」登場。
Dupond et Dupont というのはフランス語圏の国民的マンガ『タンタン』に出てくる双子みたいなおバカな中年探偵である。夫も義弟も当然、タンタンの読者。だから、Dupond et Dupont のセンで登場しようと思ったらしい。
二人そろって、首を傾けて、シンクロしながら
「ボンジュール!!」
とやった。 なかなかコミックである。アラカンのおじさん二人とは思えない。
そしたら、孫クンは、
大ショックを受けて、
パパの腕の中に飛び込んだ。
顔を隠す。
舞い上がった大人たちが周りで「ほーら、ピアはどっち?」とか口々に言ってると、孫クンはほとんどべそをかいて
「ママーン」とか小さな声で、この場にいないたった一人を求めている。
実際、長女に向ける孫クンの崇拝ぶりはすごいもので、私はちょっとうろたえる。うちの子たちは、いつも住み込みでいてくれた日本人の若い女性たちと私の区別をほとんどしてないんじゃない?というくらい「ママン」信仰が希薄で、太陽はとにかくパパだった。
長女のうちでは、長女は仕事しているし、孫クンの面倒は婿クンの方が明らかによくみている。それなのに・・・長女の方がオーラがありそうなのだ。
正直に言えば、多分、私の側に、「子供が太陽」という意識がなかったからかもしれないが。私にとっても太陽は、いつも一人で輝いている夫だったからだ。自分で発熱する必要もなかった。
長女は、エネルギーがいっぱいある。そこの所はうちの夫に似たんだろう。仕事もよくするが、「いい仕事をして、子供に誇りに思ってもらえるような母親になりたい」、なんてブログに書いてあった。私は一度たりともそんなこと思ったことがない。
で、そこへ、長女が帰ってきた。孫クンは即長女の腕の中に避難。離れない。
私たちもさすがに、みんなで孫クンを見つめてわいわい言っているのが悪いんじゃない? ほおっておいたら自分で観察に来るよ、ということになって、ソファーに腰掛けたりし始めた。私は孫クンに「ピアノ弾こう」と誘った。孫クンは喜んでピアノの前に座り、二人でピアノ遊びをする。長女がボリュームを下げに来た。
それから孫クンは普通に遊び始めたが、皆の注目の的である「ピアは実は二人いた」とか「ピアとディジェーは別人だった」とかいう確認をしには来ない。
私たち4人は近くのレストランで食事することになっているので、ひとりずつ目立たぬように去ることにした。
まず、義兄が立ち上がって出る。すると、今まで見ていないふりをしていた孫クンが手を伸ばして、「ディジェー!」と言った。
次に奥さんがさりげなく去る。
次に夫が出て行くと、孫クンはまた手を伸ばして「ピアー!」と言った。
私も、最後に、さよならを言わずにそっと出て行った。
夫は、孫クンに、「パパとシリル(婿クンの兄さん)が兄弟みたいにピアとディディエは兄弟なんだよ」とか言ってたけど、聞いてたのかなあ。
でもうちの子たちが、夫とディディエを決して混同しなかったように、孫クンは、婿クンとその兄を混同しないし、長女と次女を混同しない。やっぱり距離感の問題かなあ。
しかし、孫クンって、よく会う祖父母もふた組いるし、パパのにいさんともよく会うし、ママンの妹(うちの次女)も大好きだし、ピアとミアの影武者みたいなのもいるし、12月には従弟も生まれるし、けっこう大家族でラッキーな子だ。
マドリードからの引越し荷物とか整理していた義弟は、昔の文書がいろいろ出てきたと言っていた。その中には、もしうちの夫が死ねば、義弟が責任を持ってうちの息子を育てるという合意書も出てきたそうだ。
まだうちに長男しかいなかった頃のものだ。
そういえば、夫と義弟は何かというと、一方になにかあれば互い相手の妻子を助けるという文書を交換していた。
じゃ、今度は、もし夫がいなくなれば、ディディエがピアの代わりになって孫クンに対して祖父の義務を果たすという文書を交わしとけば?
と私は言った。
Dupond et Dupont は、言わずもがな、という顔をしてシンクロしながらうなずいてたよ。