4月20日に見た夢の一部が、ほぼ5ヶ月後の9月21日に現実のものとなったようなので、
当該記事のコメント欄にニュースを貼っておいた。
ちなみに、これは『ほぼ日手帳』を夢日記として使うようになってからわかったことだが、その夢を見た4月20日もまた「満月」である。この手帳は最大の特徴である「1日1ページ」や月齢の他にも旧暦が表示されていたりして、「夢日記」としても非常に使い勝手がいい。もちろん来年も使うために既にロフトで購入済みである。安くはないが…。
ここに書いた「オリンピックセレモニー」の夢は、現実となるまでに「およそ1年半」、それ以外にも、「見た夢が現実となるまでの期間」は当日だったり1週間後だったりまちまちだし、そういえばこないだの「
仏像盗難の夢」は現実となるまで(犯人が逮捕されるまで)なら5日だけど、実際に盗難が起きていたのは昨年で、事件が発覚したのが今年の7月28日だっていうんだから、夢自体の内容は「過去にまで遡って見ていた」というなんだかヤヤコシイ話になる…。
もちろん、その「盗ってきた仏像を部屋に並べて眺めて悦に入っている」夢のシーンで「実際に盗られた千手観音とそっくりの仏像」が出てきたからといって、べつに私はその観音様に「呼ばれたり」「選ばれたり」したわけではないことは言うまでもない。
これらは
わりと最近のかなり現実との一致率が高かったごく一部の事例を取り上げたものに過ぎないが、「こういう体験」は私がこれまで生きてきた期間(わりと長い)に度々あったわけで、上に挙げたいくつかの例だけでも、「事前に日時等の特定は
ほぼ不可能であること」や、「べつに私がそれらの出来事の発生を回避すること(つまり未来の変更)を天にましますどなたかから嘱望されていて、それで予知夢を見せられている
わけではないこと」ぐらいは誰にでもすぐに推察できるのではないだろうか。その人が何か変な
欲にでも捉われているのでない限りは(笑)。
現実に起きた、「冠水した道路で立ち往生したバスの窓から脱出して助かった出来事」とそっくりな夢を5ヶ月前に見ていたからといって、私が
その事件が起きるのを防ぐために、「アナタの運転しているかくかくしかじかのバスは何月何日にどこそこの高架下に差し掛かった時に大雨による増水で立ち往生しますから、その日はそこにいないようにしてください」などと言って防げるはずもない。「いつ、どこで、誰が」その夢とそっくりな未来に遭遇するか、それが
現実のものとなるまではまるでわからないのだから。
だが、「夢に見たのとそっくりな現実」は確かに起きた。
そしてその夢を見たのがが5ヶ月前だったり1年半前だったり、あるいはもしかしてノストラダムスが450年前に見ていたりした「
未来」だとしたら、その「
未来」はいつの時点で
確定していたのだろうか…という
問いというか謎だけは、そのままごろんと残されているわけで、私にとってはその「問いというか謎」以外の、たとえば「神仏に招かれた」とか「私には未来をよりよい方へと変更する使命がある」とかいう(笑)発想の裏に潜む「醜いヒロイズム願望」の発する臭気がいささか鼻について仕方がない。なによりもまず、そのような「欲望」にとり憑かれてしまえば、「現実をありのままに見る目」が歪められてしまうであろうことが厭わしい。
そういう風に「祈り」だとか、その他オカルト的な手法でもって「現実を変えられる」と思いたがったり言いたがるのは、「そのことによって
他者に必要とされる自分に自己の
存在理由を見出したい」という「歪んだ欲望」がそうさせているのであって、それは到底「あるがままの現実があるがままに見えている」とは言いがたいからである。
「9月21日の大雨でバスが高架下で立ち往生し、窓から乗客らが脱出して助かった」という「出来事」が、少なくともその
五ヶ月前の時点ですでに「決定していた未来」であり、また、それを夢などによって
「事前に」見ていたとしても「別にその未来の変更を期待されてのことでは
ない」というあたりが「ありのままの
現実」だとしたら、曇りも歪みもない澄んだ目でその
現実を見るならば、ただ淡々と「ありのままの現実」を「ありのまま」受け入れて、じたばた「変更」などと騒ぎ立てないほうがよっぽど人として「悟性の高いありよう」なのだと、私なら考える。
たとえば、これまで地球は生物の大量絶滅という危機を何度も乗り越えて、そのたびに新たな進化と発展を遂げてきた。7億年前の全球凍結で滅んだ微生物たちは、あるいは6500万年前に滅んだ恐竜たちは、彼らが「悪」だったからその「罪と罰」で滅びたのだろうか、もちろん「そうではなかった」はずだ。
だから同様にもし「人類」が滅びるとしても、あくまでもそれは地球という惑星の進化の一過程としてそうなるだけのことであって、別に人類の悪や積み重ねてきた罪に対する「罰」として滅びるわけでもなく、その先にまたさらなる進化と発展がやってくるだけなのではないか、そしてそれは遥か遠い昔、ひょっとすると「すべての始まりの時」にすでに決定されていることなのではないか…とそういう風に私は考えている。
もちろん、そこには「地球はおろか宇宙全体までをも支配しようとしている魔王」だとか、「ハチュウルイウチュウジンによる支配」だとか、
そんなものが存在しないことは言うまでもない。
そういう風に「外部に『仮想敵』を作って脅威を感じさせ、愚かな信者たちを自分の傘下に置いて支配したがる」のは、「たちの悪いカルトや
性格異常の教祖様たちの使う常套手段」ではあるが。