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<title>平成山人の評論隨筆</title>
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<description>世間世俗を觀望しつゝ、隨筆もどきに時代遲れの所感を綴る……覆面作家・森目漱外氏の青春小説『繩浦物語』はカテゴリアーカイブから……</description>
<language>ja</language>
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<title>自己紹介</title>
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<description>從來、左の如き簡略な自己紹介だけで失禮して來ましたが、この度、思ひ立つて新たに自己紹介の一文を掲げました。御興味あらば御一讀下さい。なほ、本自己紹介文も折々は更新する積りですが、いつも通りの新しい記事は、次項「繩浦物語への御招待」の次に掲示されますので、御面倒ですが畫面をちとスクロールしてお讀み下さい。と云ふ譯で、改めまして平成山人。男、元一等空佐、雙子座、Ｏ型、妻子・孫有り。生れた場所は瀬戸内海の軍港都市、時は眞珠灣攻撃の半年前。生家は帝國海軍に衣料・文具等を納めたりもする、ちよつとした個人商店。かなり羽振も良かつたやうだが、戰災で綺麗に燒出され、播州のとある港町に流れて來て、その邊りに定著、高校卒業までを過す。「六十年安保」の年、防大に進み、「東京オリンピック」の年に卒業。航空自衞官としての經歴を情報將校として歩み始め、以來、ほゞ一貫してその道に從事、米國の同業者らからは「キャリヤースパイ」と稱される。その間、最も印象に殘つてゐる「實戰經驗」は、昭和五十一年の「ＭＩＧ－２５事件」ないし「ベレンコ中尉亡命事件」當時、未だ若手ではあつたが、寧ろそれゆゑに、「キャリヤースパイ」としての本領を聊か發揮した積り。尤もこの話、詳しくは「墓の中」にて。また「スパイのお仕事」を離れて最も愉しかつたのは、英國エリザベス女王の「シルバージュビリー」即ち在位二十五周年の年に、時の航空幕僚長に隨行して、その英國を含む歐州三ヵ國を公式訪問した事。貴族社會の傳統が色濃く遺る國々の、軍の將校が貴族として遇される文化の一端に觸れて。然り而して平成九年、定年退官の後は、武藏の野邊の、西窓に遠富士を眺める邊りに住ひして、納戸兼用の書齋「望嶽樓」、またの名を「北面窟」に籠りゐて、徒然にブロ愚など書き綴る。その性、臍曲りにして時代遲れ、兎角に屁理窟を好み、道義と傳統に憧れ、及ばずながら自力自主自尊の強者を氣取り、それゆゑ不合理や、不道徳や、闇雲な新しがりや、舶來信仰や、別けても他力本願・無責任の能天氣な言論を蛇蝎の如くに嫌ひ、それと見るや反射的に斬つて掛る。但し、往々我が身の事は棚に上げて。今一つの拘りは日本語の傳統表記。親しい友人らからは、「お前のパソコンは江戸時代製か」とか、「平賀源内が作つたワープロソフトを使つてゐるのか」なんぞと突つ込みも入るが、それでも我がブロ愚、謂はゆる「人氣ブログ」には程遠からうものゝ、我が身には過ぎたる程のアクセスがあるのは、嬉しくも心強い限り。偶々本サイトに立ち寄られた諸兄姉も、折あらば再度の、いや、繰り返しの御來訪あらん事を！山人敬白</description>
<pubDate>Tue, 10 Jun 2036 00:00:00 +0900</pubDate>
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<category>日常雜記</category>
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<title> 『繩浦物語』 への御招待</title>
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<description>覆面作家・森目嗽外先生の青春小説『繩浦物語』を、改めて讀み直したいが檢索が面倒だ、何とかせよ、との聲があり、何とかして見ました。連載の第一囘目へはこゝからお入り下さい。また第廿一囘目はこゝから、第卅七囘へはこゝからです。山人敬白</description>
<pubDate>Sun, 10 Jun 2035 00:00:00 +0900</pubDate>
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<category>『繩浦物語』</category>
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<title>政策通だつて？</title>
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<description>世の中に音樂通でない音樂家とか、野球ルールに暗いプロ野球選手とか、ＩＴ通でないＳＥとか、法律に通じてない辯護士とか云ふものが、一體ゐるであらうか。ゐる譯はあるまい。もしもゐれば、それは贋物か詐欺師の類ひに決つてゐよう。そしてそれは政治家に就いても同じ事なのではないか。ところがこの度、自民黨總裁選に立候補を表明した與謝野馨議員を、マスコミ各社は態々「政策通」なる特性を附して紹介した。詰り、國會議員にして政策通である事は、特筆に價する事なのだ。と云ふ事は即ち、どうやら我が國會議員諸公の殆どは政策に暗く、詰り政治家としては贋物か詐欺師の類ひであるらしいのだ。尤も贋物とか詐欺師とか云ふのは語弊の最たるもの、タレントであれ何であれ顏と名前を賣つて選擧に當選しさへすれば、堂々政治家として通用するのが「民主政治」と云ふものらしいのだが。また近頃の政界模樣を見てゐると、政策なんぞは官僚に任せておいてもよいから、取敢へずは氣概とか、ガッツとか、根性とか、情熱とか、見識とか、勇氣とか、果斷とか、使命感とか、さう云ふ基本的徳性の類ひをこそ、しつかり涵養練磨して欲しいと、政治家には強く求めたくなる、と云ふ事もあるのかも知れないが。呵々。</description>
<pubDate>Fri, 05 Sep 2008 12:05:50 +0900</pubDate>
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<category>國事管見</category>
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<title>福田さんの自己客觀視</title>
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<description>九月の初日、雨上りの朝、所用で出掛けようとして、ガレージのシャッターを開けて外へ出たら、何處からともなくふつと、木犀が匂つた。今年も何時しか、さう云ふ季節になつたと云ふ事。目には清かに見えねども。その夜、福田總理が突然の退陣表明會見。まあ、その職に留り續けたとて、大して期待も持てないお人柄のやうだし、突然とは云へ、後任はほゞ決つてゐて、謂はゞ既定の路線のやうでもあるし、いづれにせよ「太平の逸民」たる私にはどうでもいゝ事、所詮は他人事の類ひだが。さう云へば退陣會見の最後に、どこやらの記者からの「總理の發言はいつも他人事のやうに聞えるが……」との質問に對し、「私は自分を客觀的にみる事が出來るのです」云々と、發言内容とは裏腹、明かに我を忘れて氣色ばんでゐたが、思へばあれが在任間初めて見せた「生體反應」だつたやうな。尤も福田さんと云ふお人、自分は元々總理なんぞに「なりたいと思つた事はないし、資格もないですよ」と語つてゐた（「一國は一人を以て興り、一人を以て滅ぶ」ＫＫベストセラーズ）さうだが、その「主觀の言」の部分が眞つ赤な嘘だつたに對し、「自己客觀視」の部分に就いては實に正確であつた事を、この度、身を以て證明した、とも云へる譯か。それもまあ、今となつてはどうでもいゝ事だが。呵々。そして、あ～あ……。</description>
<pubDate>Tue, 02 Sep 2008 11:27:14 +0900</pubDate>
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<category>國事管見</category>
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<title>戰後教育に思ふ</title>
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<description>最近、電車の中や、食堂などの店内や、或いは路上などで、偶々行き逢つた見知らぬ人々から、公衆道徳を心得ぬ、と云ふより、何とも攻撃的で理不盡で身勝手で傍迷惑な振る舞ひを見せ附けられ、ないしは我が身に仕掛けられて、我にもなく思はず切れさうになる程の不快を、何故か相次いで味はされた。その一々は思ひ出すだに不快だから、改めて竝べたてはしないが、何故に人々の公徳心は、ないし自制心や社會常識は、かうまで劣化して仕舞つたのだらう。しかも私の見聞し、ないし經驗した處、その「劣化した人々」の中には、謂はゆる「今時の若者」よりも、四十代五十代の年輩者男女の方が、寧ろ多く含まれるのである。成程、義務や責任や規範意識やらを蔑ろにし、專ら自由や權利のみを強調したとされる「戰後教育」も、今や六十年の歴史を持つのだから、四十代五十代の年輩者と雖も、その「害毒」の被害者たる事に於て、「今時の若者」らと變る處はないのかも知れぬ。が、それを言ふならば、この私もまた、紛れもなく「戰後教育」を受けて育つた世代なのである。たゞ私の場合、成程、制度的には「戰後教育」だつたが、先生方は全て「戰前教育」を受けた方々だつたから、そのお蔭で「新制度の害惡」を辛うじて免れ得た、と云ふ事はあるのかも知れぬ。けれども、假りにさうだとして、さうして私の世代へは辛うじて授け渡された「戰前教育」の殘滓も、何しろ所詮は殘滓だから、その次の世代、即ち今の四十代五十代の人々へ傳へ得る程には、濃くも強固でもなかつたのであらう。それとも、罪は「戰後教育」そのものよりも、寧ろその「初代」たる我々の世代が、戰前世代ほどには後進の指導に意を用ゐなかつた事にある、と云ふ事なのだらうか。兎も角そのいづれかとでも考へなければ、我々と同じ「戰後教育」を受けて育つた「今時の中年者」らの、我々のそれとは餘りにも違ひ過ぎる公徳心の「劣化」振りには、説明の附けやうがないのだ。詰り、既にして多くの先賢らが指摘してゐる通り、教育の成果は制度の善し惡しよりも、專ら教師達の資質や情熱による、と云ふ事であり、それが我が經驗や見聞や、それに基く聊かの考察からも再確認された譯である。尤も正確を期す爲に言へば、我が「聊かの考察」は、最近、私が偶々身邊に見聞し體驗した不快事の數々を、今の社會に蔓延するものと看做し、またその原因を試みに「戰後教育」の缺陷に求めてみたものに過ぎず、必ずしも精密妥當とは斷言し得まい。詰り、よくよく觀察すれば、日本の社會は案外に健全なのかも知れず、また假りに不健全化が進んでゐるにもせよ、その原因は「戰後教育」以外にもあるかも知れないのだ。が、假りに偶々の事であれ、また原因が何處にあるにせよ、我が身に降り掛かつた不快事は不快事だし、況はんやそれが、いゝ歳をした中年者らの振る舞ひによつて引き起されたとなれば、私は一層、暗澹たる思ひに沈むのである。折から我が家の邊りは、この數日、凶々しくも鬱陶しいニンバスに覆はれてゐる事でもあるし。</description>
<pubDate>Sat, 30 Aug 2008 13:10:46 +0900</pubDate>
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<category>文化風俗</category>
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<title>星野監督の慘敗</title>
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<description>北京五輪で野球の日本代表チームが「慘敗」したとて、あれこれと星野監督への「バッシング」が行はれてゐるやうだ。私は野球には疎いので、言はれてゐる事の内容の當否に就いては、何も言ふ資格がない。たゞ疑問に思ふ事はあつて、それは星野さんが果して、「俺に遣らせろ、俺なら必ず金メダルを獲つて見せるから」とて、反對意見も多い中、或いは竝み居る監督候補者や適任者らを押し除けて、自薦で無理矢理、代表監督に就任したのか、と云ふ事である。さうではなくて、この人以外に、ないしはこの人以上の適任者は他に無しとて、寧ろ「一億の歡呼」に迎へられて、その任に就いたのではなかつたか。少くともこの春以來、テレビのワイドショウなんぞを管見してゐる限りでは、そんな印象だつた。それが武運拙く、偶々「慘敗」して歸還したからとて、これ迄は鳴りを潛めてゐた「スポーツ評論家」の類ひが、今更ながらにテレビ番組に顏を出し、時を得顏にあれこれ批判して見せたり、「勝てないのは目に見えてゐた」なんぞと、分け知り顏して「先見の明」を誇つて見せたりするのは、それこそスポーツマンシップに著しく反すると云ふものである。先にも書いた通り、私は野球には疎いし、五輪にも大して興味は無い。が、人竝な常識は持ち合せてゐる積りだから、「星野ジャパン」が今や、謂はゞ「水に落ちた犬」である事くらゐは充分に判る。それを叩くのは、どんなぐうたらにでも出來る氣樂な業である。況はんやそんなぐうたら仕事で、幾らかでもギャラを稼がうなんぞとは、「評論家」や「文化人」の風上にも置けぬ、卑しくて醜い恥づべき所行である。一方、五輪での「慘敗」は、高々殘念な事であるに過ぎないのである。</description>
<pubDate>Mon, 25 Aug 2008 10:41:11 +0900</pubDate>
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<category>文化風俗</category>
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<title>河野さんの居場所</title>
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<description>朝から秋霖煙るが如き日曜日。傘が無い譯ぢやないけれど、やはり他出する氣にもなれず、徒然なるまゝに、いつもより叮嚀に目を通してゐた産經新聞に、政治部記者・阿比留瑠比さんの「戰歿者への禮知らぬ河野議長」と題するコラムを見出し、一讀して、我が意を得たりと思つた。云はずと知れたそのコラム、去る十五日に日本武道館で催された全國戰歿者追悼式に於ける河野衆院議長式辭の、英靈とその御遺族に對する途轍もない非禮と非常識とを手嚴しく批判したものである。併せて阿比留さんは、謂はゆる「從軍慰安婦問題」を廻る平成五年の「河野官房長官談話」を始めとし、過去の河野發言の誤謬や非論理や不見識や見當違ひや幼兒性を、これでもか、と言はんばかりに暴き難じてゐる。一々同感だが、事の性質上、それでたゞ溜飮を下げて喜んでゐる譯にも行かない。何しろそこに批判されてゐるのは、永年の政權黨たる自民黨の議員にして、しかも官房長官やら黨總裁やら衆院議長やらを歴任する程に重きを成してゐる御仁なのだから。いや、抑も何ゆゑ河野さんが自民黨にゐるのか、況はんやそこで重鎭として遇されてゐるのか、そこの處が私には、さつぱり理解できない。詰り、阿比留さんのコラムからも充分に知れるその「政見」や思想傾向から云へば、かの御仁は寧ろ、土井たか子さんや福島瑞穗さんらと「連帶」してゐる方が、餘程ぴつたりするし、判り易いとも思ふのである。尤も、自民黨を保守派の集りだと思ひ成してゐるお前の方こそ、それこそ途轍もない見當違ひを犯してゐるのだ、と言はれて仕舞へばそれ迄なのだが。呵々。</description>
<pubDate>Sun, 24 Aug 2008 15:20:06 +0900</pubDate>
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<category>國事管見</category>
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<title>加地さんの右顧左眄</title>
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<description>立命館大學教授にして大阪大學名譽教授たる加地伸行さん。その言論の「劣化」に就いては、つい先頃も批判した處だが、今度は八月廿二日附け産經新聞の「正論」欄に登場し、「靖國を全戰歿者慰靈の場に」と題して、またまた愚論を展開してゐる。即ち曰く、「戰爭においては、人間は己を正しいとし、それぞれの立場で戰ふ。憎みあつて戰ふ。しかし、勇敢に戰つた死者に對しては、生き殘つた者は敵身方の區別なく勇者として遇すべきであろう」況はんや八月十五日は盂蘭盆會の期間に當る。それは「祖靈と有縁無縁一切精靈とに回向するとき」であり、さうするのが古來、日本人の「國民的心情」であつた。そこで靖國神社に於ては、それへの參拜を廻つて何かと騷動の起き易いその日を、新たに「夏季特別大祭」と定め、國籍も敵身方の區別も問はず、全世界の戰歿者の靈を「怨親平等に回向」する日とすべきである。さうすれば我が首相も兩陛下も、近隣諸國の政治的な思惑なんぞを憚つて右顧左眄する事なく、「日本人の心」のまゝに「主體的に參拜」できるやうになる云々。馬鹿げた言ひ分である。成程、「憎みあつて」であれ、怨みは無けれど萬止むを得ずにであれ、また「勇敢」であつたか、臆病であつたかも問はず、戰つて斃れた兵士の靈に對し、「敵身方の區別なく」敬意を表するのは、我國に限らぬ文明國の習ひであり文化である。だから、例へば我が總理らが訪米すれば、アーリントンの無名戰死の墓を訪れて花輪を捧げるのだし、また曾て來日した米大統領の中には、靖國神社への參拜を希望した例もあつたやに聞く。無論、その國際常識には則つてゐるが、我が「國情」には疎い希望は、我が外務省の反對ないし「説得」に阻まれてであらう、實現されはしなかつた。が、いづれにせよ加地さんの推獎する「怨親平等」の回向は、さう云ふ遣り方で足るのである。何もアーリントンに我が皇軍兵士らの英靈を「合祀」して貰ふには及ばないし、靖國神社を態々「國際化」する必要もない。それにまた、加地さんは「祖靈と有縁無縁一切精靈と」を、區別せず回向するのが我が「國民的心情」だと言ふが、全く納得できない。我々が囘向するのは飽迄も「有縁」の「祖靈」であつて、盆の時期、座敷に設へられたその囘向の場に「無縁の精靈」が紛れ來むのを阻む爲、庭先に別に供へ物の段を設けるのが、曾ての我が民俗であつたと、慥か柳田國男さんも書いてゐる。いやいや、そんな不確かな知識に頼る迄もない、抑も盆休みの交通混雜に堪へて歸省して、己が先祖の墓に詣でた序でに、隣近所の墓にも香華を手向ける「日本人」なんぞ、加地さん御自身を含んで、何處にもゐはしまい。況はんや己が先祖の墓に隣家の御先祖を、頼まれもせぬのに「合祀」するのが我が「國民的心情」だなんぞとは、與太話も過ぎようと云ふものである。加地さんの謂はゆる「怨親平等」の回向を實踐した例として、そのコラム中に紹介されてゐる松井石根大將の事蹟にしても、その發願になる熱海市の觀音寺には、夫々「支那事變日本戰没者靈位」、「支那事變中華戰没者靈位」と記された「二基の位牌」が竝べられてゐるさうで、それは取りも直さず、日華の戰歿者はちやんと區別されてゐる、と云ふ事ではないのか。それに何より、何ゆゑに我國だけが、「怨親平等」にでなければ英靈の顯彰や追悼を、首相や兩陛下の臨席を仰いで行ふ事が出來ないのか。との我が質問に、恐らく加地さんは返答できまいが、我が民俗を枉げてまで、また國際常識に反してまで、首相や兩陛下の靖國參拜に、さう云ふ馬鹿げた條件を附けたがる、そんな思考方法こそ、扮り振り構はぬ「右顧左眄」の生き見本と云ふべきなのである</description>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 17:01:23 +0900</pubDate>
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<category>言論批評</category>
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<title>普遍的な眞實</title>
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<description>この處、産經新聞「正論」欄は「８月１５日」に纏はる評論を、シリーズで掲載してゐるが、その十四日分には大阪大學大學院教授・坂元一哉さんが登場して、「三國同盟の教訓と日本外交」に就いて論じてゐる。その言ふ處、要するに先の大戰前夜の我國は、歐州西部戰線に於ける「ドイツの快進撃に目を奪はれ、その力を過大評價」する一方、道義的に許し難い「ナチス・ドイツの人種主義」は「見過ごし」にして、愚かにも、また恥知らずにも、これと同盟した。詰り、「強くもなければ、正しくもない國との同盟が三國同盟であつた。この同盟が日本に齎らした災厄は餘りにも大きい。しかし日本は（國際聯盟脱退後の）孤立に堪へ切れず、理念を棚上げにして、この同盟を結んで仕舞つたのである。戰後もだいぶ時間が過ぎたが、その事は決して忘れるべきでない」成程、如何にも尤もらしい。事實關係の評價にも間違ひはあるまい。けれども、そんな坂元さんの評論を讀んで、吾人は何か得る所があるか。少くともこの私には、「氣樂な事を言つてやがるなあ」と云ふ程度の感想しか浮ばない。先人のやつたあれこれを、後智慧でなら何とでも言へるのだし、それが結果として過失であつたにしても、「祖父達の過失は、我々もこの先繰り返す過失」（米人ピュリツァー賞作家ロバート・ペン・ウォーレン）なのだ。さう云ふ歴史と人間の性に關する透徹した洞察と、苦澁に滿ちた反省なくして、たゞ「祖父達の過失」を論ひ、「その事」を憶えてゐたとて、現在と將來の「日本外交」に、何の善き影響も與へはしまい。因みにウォーレンは上に引いた言葉に續けて、「父祖達の偉業は我々には決して成し遂げられない偉業なのだ」とも言つてゐる。この言葉が如何に正しいかは、例へば今の我々に「平成の改新」やら「平成維新」やらが可能かどうかと自問してみるだけで、充分に納得できよう。吾人が「決して忘れるべきでない」のは、寧ろさう云ふ普遍的な眞實なのである。</description>
<pubDate>Thu, 14 Aug 2008 10:10:24 +0900</pubDate>
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<category>國事管見</category>
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<title>仲間意識今昔</title>
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<description>遠い昔に、舊陸軍士官學校出身の某先輩自衞官から聞いた話。或る年、陸軍士官學校の卒業式前夜に宿舍が火事になり、卒業豫定者全員、何はともあれ、翌日の任官式に備へて新調してゐた少尉の軍裝一式を抱へて避難した。さうして互ひの無事を確認し合つた處、中に一名、避難に手間取つてか、新調の軍裝を持ち出せなかつた者のゐる事が判明した。それでは明日の卒業式後、晴れの任官式に、その者だけは、見窄らしくも生徒時代の服裝の儘で臨まなければならない……。と、仲間のそんな窮状を知つた他の將校生徒らは、折角持ち出した自分らの軍裝を、未だ燃えてゐる火中に一齊に投じ入れ、燃して仕舞つたさうである。そんな「大馬鹿者」ばかりが揃つてゐたから、舊陸軍はあんなに強かつたのだとは、その先輩自衞官の言葉だつたが……。次は四十年ばかりも昔の航空自衞隊にあつた話。我が航空自衞隊には「航空學生」と云ふ制度があり、それに屬する者は高卒で採用され、專らパイロットを目指して嚴しい訓練に勵み、激しく切磋琢磨もするのだが、或る時、その中の或るグループの一員が、街で喧嘩か何かをやらかして、「學生免」即ち首に成り掛けた。その折、そのグループの仲間全員が頭を丸刈りにして、連帶責任での反省の意を示すと共に、それでも仲間を「學生免」にするのならば、全員をさうして呉れと嘆願して、遂に「罪一等を減ずる」處置を勝ち取つた事がある。因みに我が航空自衞隊の空中戰鬪力の主力は、そのやうな「航空學生」出身者らが儼然として占めてゐる譯だが、上のやうな逸話を知つてなほ、その精強に疑ひを插む者が、もしもゐるとすれば、それは私なんぞが及びも附かない程の「重症の臍曲り」に違ひあるまい。扨て、然り而してこの夏、晴れの甲子園大會への出場を決めた桐生一高の野球部では、レギュラーには入れない二線級部員の某が街で強制猥褻をやらかして、しかし同校野球部は甲子園大會への出場を辭退しなかつた。それは高野連や學校當局の判斷によるものであつて、同野球部レギュラー選手らの關知する處では全くなかつたのかも知れない。が、いづれにせよ彼らは、恐らくは常日頃、自分らの練習を手傳つて呉れてゐたに違ひない某部員を、「仲間」とは全く看做さなかつた譯である。さればこそ連帶責任を申し出る事もせず、周圍の大人達の決定に諾々として、ないしは嬉々として從つたに違ひないのだ。と、あれを思ひ、それを思ひして、私はこの數日、懷舊の情に襲はれると共に、何がなし憂鬱だつたのである。尤も同校野球部は第一囘戰で敗退したさうだが……。</description>
<pubDate>Fri, 08 Aug 2008 11:37:28 +0900</pubDate>
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