廿六日附け産經新聞第一面の不定期連載コラム 「古典個展」。 書き手は立命館大學教授の加地伸行さん。
この人の文章は概ね面白くないので滅多に讀まないのだが、この日のそれには 「決斷、責任、進退は宿命」 との副題が附されてゐて、それに釣られて、ついつい目を通して仕舞つた。
そして案の定、後悔した。 腹も立つた。 梅雨空の鬱陶しさが一層増して、心中、鬱憤晴しの激語を吐き捲つた。 以下はその一部である。
先づ問題の加地さんの文章だが、冒頭いきなり、かうある。 「函館に泊つた(翌日は札幌)」 と。
が、こんな獨り善がりで横著な書き出しがあるものか。 要するに加地さんは御本人の居住地らしい大阪から、何用あつてか知らぬが札幌へと趨く途中、五稜郭を見たくて函館に途中下車したらしいのだが、そんな事情が漸く判明するのは、その獨り善がりの文章を更に二、三十行も讀み進んで後の事でしかないのだ。
それどころか、更に呆れた事に、かなり長文のそのコラムを最後まで讀み通してなほ、加地さんが何用あつて札幌へ行つたのかは、依然として不明なまゝなのだ。 それならば 「(翌日は札幌)」 との注書きは全くの無駄ではないか。
序でに言へば、抑も良き文章とは朗讀に堪へるべきものだが、文中に丸括弧で加へられた注釋は朗讀を妨げる。 詰り、さう云ふ無樣な書き振りを晒す事自體、物書きとしては一流ならざる證なのだ。
しかも、その無樣で横著な無駄書きに續けては、「私は飛行機に乘らない主義なので、大阪からJRで約十三時間。疲れた」 と來る。
成程、十三時間も汽車に乘り續ければ疲れもしよう。 しかし、それは飽迄も加地さんの 「主義」 のせゐであつて、JRの責任ではないし、況はんや讀者の全く關知しない、加地さんの個人的愚癡の類ひでしかない。
こゝで事の序でにヤフーで路線檢索してみたら、JRで大阪驛から函館驛まで、乘換へその他のラグタイム四、五十分を含んで、所要時間は十時間から十時間半と出た。 JRの提供するさう云ふサーヴィスを加地さんが敢て排し、態々十三時間も乘り續ける經路を選んだのは、これまた御本人の勝手であらう。
更に、さうして勝手に疲れた代償に加地さんが見得たものは、「東北被災三縣を通り拔けるとき、屋根をブルーシートで覆つてゐる家屋が點在してゐ」 る光景であり、その結果、「内陸部にも相當な被害があつたことが分」 つたさうなのだが、そんな事、既に繰返し報道されてゐる事ではないか。 今更得意げに觸れて見せるまでもあるまい。
等々、最初の十行足らずを讀んだのみで、これだけ 「突つ込み」 を入れたくなるのだが、こんな調子で一々惡口を書き續けるのは、如何に鬱憤晴しの爲とは云へ、やはり疲れる。
そこで後は掻い摘んで濟ませる事にするが、加地さんは 「翌日、五稜郭を訪れ」 て、その城の降將・榎本武揚の 「堂々たる敗軍の將」 振りに思ひを馳せ、それを高く稱揚した後、「それに比べて、今や四面楚歌の菅直人首相の往生際の惡」 さを論ひ、思ふ樣、罵詈讒謗を浴びせてゐる。
が、その罵詈讒謗の種もまた、今や報道され盡くして俗論通説の類ひと化したものばかりだし、それに何より、四面楚歌かどうかは扨措き、菅さんは斷じて敗軍の將ではない。 今や位人身を極めた一國の總理であり、少くとも形式的には堂々の優越者なのだ。 それを降將・榎本武揚に比して評するなんぞ、見當違ひも甚しからう。
また肝腎要めの 「決斷、責任、進退」 に就いても、例へば福島第一原發の事故處理に就いて、やれ 「廢爐の周圍を堅固な擁壁で圍」 むべきだとか、「原發から廿キロメートルの圓周に外壁を作」 り、その内側の 「土地を瓦礫の捨て場所と」 せよとか、要するに加地さん流の思附きの類ひを菅總理が採用しない事を 「誤ち」 だと決め附けてゐるに過ぎない。
いやいや、論語讀みを自稱するらしい加地さんの見る處によれば、菅さんの本當の誤りは 「誤ちて改め」 ざる事にあるらしいのだが、これまた蛙の面に水を注ぐ類ひの無益な御説教である。
抑も菅さんには誤つたと云ふ自覺がどう見ても認められない、詰り菅さんの主觀の中に、改めるべき誤りは存在しないらしいのだから。
呵々。