西窓に遠富士を見る書窟から
世間世俗を觀望しつゝ
折々に時代遲れの所感を綴る……

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平成山人

關西生れ關東在住。
元一等空佐。
人呼んで引退キャリア・スパイとも。
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自己紹介 [2036年06月10日(Tue)]

從來、左の如き簡略な自己紹介だけで失禮して來ましたが、この度、思ひ立つて新たに自己紹介の一文を掲げました。 御興味あらば御一讀下さい。
なほ、本自己紹介文も折々は更新する積りですが、いつも通りの新しい記事は、次項 「繩浦物語への御招待」 の次に掲示されますので、御面倒ですが畫面をちとスクロールしてお讀み下さい。
続きを読む...

『繩浦物語』 への御招待 [2035年06月10日(Sun)]

覆面作家・森目嗽外先生の青春小説 『繩浦物語』 を、改めて讀み直したいが檢索が面倒だ、何とかせよ、との聲があり、何とかして見ました。 連載の第一囘目へはこゝからお入り下さい。 また第廿一囘目はこゝから、 第卅七囘へはこゝからです。 山人敬白

男の身勝手? [2010年02月 3日(Wed)]

ミュージカルの名作 「サウンド・オブ・ミュージック」 の主人公トラップ大佐は
二人の美女から熱烈に愛される。

一人は御存知、未だ穢れを知らぬ若き見習ひ修道女マリアであり、
もう一人は大富豪にして妖艷な男爵未亡人エルザである。

それぞれに男が持つべき戀人の理想形だ。

が、そんな二人に同時に愛されるなんて、
世の中、そんな甘い話がさうさうあるものか。

しかも、同大佐は七人もの子供を持つ大コブ附きの中年男のくせして、
結果としては清純な美少女マリアの方と結ばれる。

全く好い氣なものだ。
この作品を作つた男共は、男共にだけ都合の好い手前勝手な夢を見てゐるのではないか ……。

と、或る時、そんな感想を洩した御婦人がゐて、
成程、この作品にはそんな見方もあるのかと、何だか感心した事がある。

しかし最近、その作品をDVDで見直してゐて、かう考へた。

もしもトラップ大佐がマリアの純愛を退け、大金持ちの未亡人エルザの方を選んでゐたとしたら、
それもまた興醒めなものではないか。

さうなれば、物語はもはやラヴ・ロマンスとは云へず、
單に中年男の世間智のそれにしかならない筈なのだから ……。

尤も、さう考へるのもまた男の身勝手に過ぎぬと、
彼の御婦人なら云ふのかも知れない。

因みに、その御婦人は未亡人でこそなかつたものゝ、
年齡的にはエルザよりも更に上だつたのだが ……。

菅財務相のガキの啖呵 [2010年01月30日(Sat)]

二十六日の參院豫算委員會で、自民黨の森雅子議員が 「全大臣に聞きたい。 政治資金収支報告書を毎年、提出前に見てゐるか」 と質問したところ、

菅財務相は 「私は『菅』といふ名前であつて『全』ではない。 お答えしかねる」 と答へたさうだ。

が、これはまるでヨシモトの藝人のギャグか、さもなくば喧嘩に負けたガキの捨科白であり、やけくその啖呵である。

いづれにしても國務大臣の國會に於ける發言としては、餘りにも低レベルに過ぎる。

因みに、廿九日には歌舞伎俳優の市川海老蔵丈とフリーキャスターの小林麻央孃が婚約會見とやらを行つて、

そのテレビ中繼を瞥見した私は、集つた藝能記者らの質問の幼稚に、馬鹿々々しさを通り越して苦々しさを感じたのだつたが、

そんな彌次馬的ゴシップ記者らの低能ぶりは今に始まつた事ではないし、また眼を背けてゐればそれで濟む。

けれども、上に見るやうな政府首腦らの低レベルは、さう云ふ譯には行かないのである。

尤も、今に始めぬと云ふ點に就いてだけは、ゴシップ記者らの低レベルと同列なのかも知れないし、また如何に慨歎すべき事とは云へ、所詮、馬鹿に附ける藥は無いのかも知れないが。

羽根の如く輕き首相の言葉 [2010年01月22日(Fri)]

鳩山總理は長年に亙つて母上から多額の政治資金を贈與されてゐた事を、「恥づかしい話だが全く知らなかつた、もしも知つてゐた事が立證されたならば議員バッジを外す」 と、衆院豫算委員會に於ける谷垣自民黨總裁の質問に答へて言明した。

それは詰り、政治家が己の政治資金の出所を知らないのは、精々がちよつと恥づかしがつて見せれば濟む程度の御愛嬌に過ぎず、何ら非難されたり、況はんや責任を云々されたりするやうな越度では全くない、と言つてゐるに他なるまい。

が、果してさうか。 抑も政治資金を集めるには法的に幾つかの規制がある筈で、それに違反した金が入つて來てゐないかどうかを確かめるのは政治家の基本的な責任の一つであり、また遵法精神の最低限の發露と云ふものではないのか。

成程、それを一々やるには政治家本人は多忙に過ぎるからとて、その事務を祕書なり何なりに任せる、と云ふ事はあらう。

けれども、その場合にも責任は飽迄も政治家本人にある。 周知の通り事務や權限は委任できても、責任だけは斷じて委任も委讓もできないからだ。

鳩山總理もそれを承知してゐればこそ、「祕書の犯罪は政治家の責任」 云々との言を、曾て吐いたのではなかつたのか。

その曾ての發言を總理は無論、忘れてゐないさうだし、己の言葉の重みは充分に感じてもゐるさうである。

が、その言葉自體、極めて輕い。 言葉が重いと云ふのは、それによつて發言者の行動が縛られる、即ち言行一致を嚴しく迫る枷になる、と云ふ事に他なるまいが、鳩山總理の言行に一致の氣配は全く見られないからである。

尤も鳩山總理は今囘の言行不一致の理由として、事は身内の金の移動に關する事であり、それによつて私腹を肥やした譯ではないから、と云ふ事を擧げてゐる。

けれども、曾ての總理の發言にそんな 「免責條項」 が含まれてゐたなんぞとは、私は寡聞にして知らないし、恐らく總理自身にも當時そんな積りは缺片も無かつたに違ひ無い。

詮ずる處、總理はその時々に應じて自分に都合の好い言葉を垂れ流してゐるだけであり、その言と行とを一致させねばならぬなんぞとは露程も考へてゐないのだ。

即ちその言葉の輕き事、風の中の羽根の如しと、自國の總理に關して洵に遺憾ながら、また憂鬱の極みながら、さう斷言せざるを得ないのである。

まあ、そんな事を今更言ふのは遲きに失するのかも知れないが。

吾が早春譜 [2010年01月21日(Thu)]

毎年この季節になると 「光の春」 と云ふ雅びな言葉を思ひ出し、同時にその言葉を教へて呉れた或る人の事を思ひ出す。

その人は高校の同級生で、しかし三年間、互ひにクラスが違つてゐた事もあつて何の交りも無く、たゞ卒業間近の或る日、或る學校行事で偶々同じ係を擔當した爲、名前と顏を知り合つた程の仲に過ぎなかつた。

それが四十數年後、ふとした事から年賀状を交換する程度の交流が復活した。

「光の春」 と云ふ言葉も、そんな偶の音信に含まれてゐたものだが、その言葉が雅びを超えて強く深く私の心に殘つたに就いては、實は思ひ當る事がある。

吾が出身高校の校歌に 「命の春のこの三年(みとせ)」 と云ふ一節があつて、それとの重なりから、「光の春」 と云ふ言葉は私にとつて、息苦しくも甘酸つぱく懷かしい青春の日々を思ひ出させる符牒となつて仕舞つたに違ひ無いのだ。

しかも毎年、その言葉が吾が心に甦るのは、「春と聞かねば知らでありしを……」 と詩人も詠つた如く、誰しも胸急かるゝ季節でもある事だし。

と云ふ譯で、毎年その言葉を思ひ出す度に、私の心は郷愁に滿たされる。 望郷の思ひに急かされる。

たとへ心急かるゝ儘に歸郷したとて、その 「符牒」 を吾が心に植ゑ附けて呉れた曾ての同級生に態々逢ひに行く事など、餘程の切つ掛けでも無い限り、出來つこないのだが。

あれから十五年 [2010年01月17日(Sun)]

平成七年一月十七日、即ちかの阪神淡路大震災が發生した日の朝、吾家一同は被災地域に住む友人知己らの安否を氣遣ひながらも、また傳へられる度に増えて行く犧牲者の數に心塞ぎながらも、實は身の幸運をしみじみと噛み締めてゐた。

前年末、自宅を二所帶住宅に建て替へ、それまで兵庫縣寶塚市に暮してゐた舅夫妻に上京して貰つて、現住地での同居生活を始めたばかりだつたからである。

後に聞けば、その舅夫妻の舊居があつた邊りは潰滅状態だつたさうで、益々以て天の加護に謝する思ひを深くしたのであつた。

尤もその加護や幸運は、正確に言へば舅夫妻に惠まれたものであり、また日本人の傳統的な宗教觀から言へば、舅夫妻の直系の御先祖樣達から齎らされたものでもあつて、血縁者に非ざる私はそれを脇から喜んでゐたに過ぎなからう。

しかし、あれから十五年、先づは舅が、暫く後れて姑が、夫々安らかに旅立つて、今はその二柱の御靈が、どうやら吾が直系の御先祖樣らと協同して、この私にも幸運を惠み續けて呉れてゐるやうだ。

具體例を擧げるのはちと差し障りがあるし、また他所目には所詮、他愛ない話にしか映るまいから、それは敢て差し控へるが、最近、吾が身の周りに起るあれこれを思ひ合せれば、心底さう感ぜずにはゐられないのである。

新聞やテレビの傳へる 「あれから十五年」 のあれこれを眺めながら、私は今、そんな事を考へてゐる。

無論、哀悼と感謝の思ひに浸りながら。

合掌。

日本語の保守こそ大事 [2010年01月15日(Fri)]

「村の渡しの船頭さんは」 で始まる童謠 「船頭さん」 は、周知の通り戰前に作詞作曲されたもので、

その二番の歌詞中、

「今朝も可愛い仔馬を二匹 / 向う牧場へ載せてつた」 と今、歌はれてゐるのは、

元々 「今日も渡しでお馬が通る / あれは戰地へ行くお馬」 となつてゐた。

それが戰後、「平和的な歌詞」 に改竄された譯だが、

その傍若無人にして御都合主義的な著作權蹂躙も然る事乍ら、

改竄するにも事缺いて 「二匹」 とは何事か、せめて 「二頭」 とすべきではないかと、

戰後の 「文化政策」 に關はつた日本人らの日本語の傳統を疎かにする不見識を、
曾てソプラノの藍川由美さんが、そのコンサートの席上、慨歎された事があつた。

それに私は全く同感したのだが、最近のテレビ・アナウンサーらもまた、恐らくは局の方針もあつての事かと思ふが、さう云ふ日本語の傳統を、寧ろ積極的に無視し、破壞しようとしてゐるかのやうだ。

最近の寒波で凍つた池の上を歩く家鴨だか鴨だかの映像を紹介するナレーション中、「一羽」 と言はずして 「一匹」 と言つてゐたのもその例だし、

もつと甚だしくは、これも極く最近の事だが、ペットの犬を話題にして一旦は 「一頭」 と言ひながら、何故だか慌てゝ 「一匹」 と言ひ直す例さへ耳にした。

これなんぞ、正に積極的に傳統破壞に努めてゐる證としか思へない。

その一方では、時に日本語の亂れを論つて、今時の若者は何を數へるにも 「コ」 で濟ませる、例へば 「二歳下」 と言はずして 「二コ下」 と云ふなんぞと、取つて附けたやうな批判の科白も口にしてみせる。

全く噴飯物だが、實はかう云ふ現象、笑つてばかりはゐられない。

日本語の傳統を保守する事は、日米同盟の深化やらデフレスパイラルからの脱却やら、或いは小澤金脈とやらの解明なんぞに優るとも劣らない、寧ろ次元を異にする程に大切な問題なのだから。

年頭に思ふ [2010年01月 7日(Thu)]

今年、吾が同業OB仲間から來た年賀状に、現下の政治情勢や社會の有樣に憂慮や危機感を表するものが例年に益して多かつた。

中には 「今年こそ日本再生の年にしたいもの」 なんぞと、ナイーブにも果敢無い希望を書き添へて來た若い仲間もあるが、それは全くの少數派。

折から七日附け産經新聞に、同じく吾がOB仲間の評論家・潮匡人が 「首相官邸への年賀状」 なる一文を寄せ、皮肉たつぷりに鳩山政權への絶望を打ち撒けてゐるが、洵に遺憾ながら、それが吾が仲間大多數の氣分を代表してゐるやうな。

尤も時の政權に對して、かう云ふ戲れ文を投げ附ける以外、まともに意見を言ふ氣にもなれないなんぞと云ふのは、吾人にとつて洵に不幸であり、不健全極はまり無い事ではある。

それにまた、翻つて思へば鳩山政權ばかりを責めるのは或る意味、不當な事かも知れない。

抑も今の日本の爲體は、現政權發足以來の數箇月間のみに起因するものでは必ずしもなくて、その根柢には戰後六十有餘年に亙る朝野を擧げての知的怠惰や道徳的怠惰の堆積がある事に間違ひはないのだから。

となれば 「今年こそ」 なんぞと云ふ吾が若い仲間の願望は、果敢無いと云ふよりも寧ろ全く虚しい。

「今年こそ」 と云ふからには、その兆しが昨年までに見えてゐなければならぬ道理だが、少なくとも吾が目には、そんなものは缺けらも見えてゐないからだ。

新年早々捨てばちな事を云ふやうだが、「日本再生」 がもしかして成るとしても、それは今年や來年では更々なくて、恐らくは戰後から今日迄と同じくらゐの年月を經た後の事でしかあるまい。

念の爲に言つておけば、私のこの豫測、外れて呉れゝば何よりである。

無論、外れ方にも二通りある譯だが ……。

瀬古さんの頓珍漢 [2010年01月 5日(Tue)]

正月恆例の箱根驛傳は今囘もまた山登りの第五區で東洋大學の柏原竜二選手が超絶の走りを見せ、同大チームが大逆轉で往路優勝を果たすと共に、復路もそのまゝ首位を維持し、二年連續の總合優勝を決めた。

報道によれば、そんな 「山登り偏重」 のレース展開には疑問の聲も出てゐるさうで、例へば早大OBの瀬古利彦さんなんぞは、「一~四區はもう要らないんぢやないの」 と言つたとか。

が、何とも愚なる事を言ふもの哉。 假りに瀬古さんの言ふ通りにすれば、柏原選手は前囘や今囘のやうに四分以上のハンディキャップを背負ふ事なく、他の強豪校チームの第五區走者と竝んでスタートを切れるのである。

とすれば、蘆ノ湖ゴールに於ける同選手と二位走者との差は、今囘や前囘のやうに三分何十秒かではなく、七分何十秒かに廣がる道理であり、益々以て 「山登りの一區間だけで(勝負が)決まる」(關東學生陸聯會長・青葉昌幸氏) 傾向が強まる亊になるのだ。

尤も青葉會長はそんなレース展開を 「寂しい」 とし、「本來は十區間の總合力で戰ふのが驛傳。 柏原君を超える選手が出てきてほしい」 と各校に奮起を促したと云ふ。

それが常識論と云ふものだし、罷り間違つても瀬古さんの頓珍漢な戲れ言が採用される氣遣ひなんぞ、ある訳もないのだが。

呵々。
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