「昭和の日」 の産經新聞第一面に、「自衞隊基地にゴルフ場」 との大見出し。 報道内容は無論、それを非難するもの。
無料・格安で 「特別訓練」、との副へ見出しも附されてあるが、特別訓練の四文字を態々鉤括弧で括つてゐるのは、自衞隊の 「姑息な言譯」 を揶揄した積りか。
まあ、所詮は 「日陰の存在」 たる自衞隊のあれこれを論ふのだから、精々揶揄するのも良からうし、あの手この手でその 「あくどさ」 を強調して見せるのも、我が言論界の 「全うならざる常識」 には則つてゐるのだらう。
例へば曰く、「周邊住民はゴルフ施設の存在を知らされてをらず、周圍を樹木で圍つて外部から遮斷したり、態々 『特別訓練場』 と呼んでゐる場所もある」 云々。
けれども産經さんよ、周邊住民に 「存在を知らされて」 ゐない基地内施設は、他にも多々あるのではないか。 例へば隊員が趣味で造つてゐる花壇や池とか、仲間同士で購入し設置した陶藝用の窯だとか、はたまた隊舍の屋上に設けたゴルフ練習用のネットとか。
それらをしも、自衞隊は意圖的に匿してゐる、怪しからぬと、産經はさう主張する積りなのか。
いや、さうではない、そんな諸々の施設と 「ゴルフ施設」 とは別物なのだ、と云ふのなら、その所以を、即ち自衞隊基地が周邊住民に 「匿して」 構はぬ事と構ふ事との區分原理を、是非とも明示して欲しい。
或いは、守屋某の不祥事が世間の指彈を浴びてゐる折柄、「ゴルフ施設」 だけは具合が惡いと、そんな指摘も記事中には見えるのだが、それでは守屋事件さへ無ければ、「ゴルフ施設」 にもまた不具合はなく、延いては産經のこの報道も全く無用であつたと、さう云ふ事になるのか。 まさか、そんな譯はあるまい。
また産經の報じてゐる處によれば、その 「ゴルフ場」 たるや精々が十一ホールしかないらしいのだが、それにしてもその 「周邊を樹木で圍」 ふのは、竝大抵の植林努力では追つ附くまい。
そんな大掛かりな植林を、專ら 「隱蔽工作」 の爲に自衞隊はやつたと、少くとも産經の記事によればさうなるのだが、果してそんな事が有り得るか。 さうではなくて、偶々基地外からの視線が立ち木によつて遮られてゐる處もある、と云ふだけの事ではないのか。
産經はまた、「特別訓練場」 なる呼稱は世間の耳目を暈ます爲の言ひ換へであり、詰りは胡麻化しであつて怪しからぬ、とも云ひたいやうなのだが、それなら砲兵を 「特科」、歩兵を 「普通科」、工兵を 「施設科」、いやいや、抑も軍隊を 「自衞隊」 と稱するのさへ、「平和憲法」 を憚つての胡麻化しに他ならぬ。
さう云ふ根本的な姑息や不全の方こそ、産經たるもの、それこそ第一面に大見出しゝて非難攻撃すべきではないのか。
更に産經はこの問題を社會面でも取り上げ、件の 「格安ゴルフ場」 を使へるのは一千五百圓だかの會費を拂つた會員のみであり、會員でない自分は使はせて貰へなかつた、と云ふ 「某空自幹部」 の證言を紹介してゐる。
以て 「基地内ゴルフ場」 を使ふ隊員らの排他性や特權意識を強調して見せた積りなのだらうが、ゴルフはしたいが一千五百圓の負擔は免れたいなんぞと、我が後輩ながら卑しくもみゝつちい輩の 「怨み節」 まで引つぱつて來るなんぞ、それこそ産經の品格に關はらうと云ふものである。
自衞隊の不全や不祥事は、大いに批判すれば良い。 それはメデイアの當然爲すべき任務でもある。
けれども、智的な誠實だけは盡して欲しいのである。 況はんや我が愛讀する産經新聞であるならば ……。