西窓に遠富士を見る書窟から
世間世俗を觀望しつゝ
折々に時代遲れの所感を綴る……

プロフィール


平成山人

關西生れ關東在住。
元一等空佐。
人呼んで引退キャリア・スパイとも。
最新記事
新着コメント
山人
戰爭體驗と式年遷宮 (09/09)
ノリ
戰爭體驗と式年遷宮 (08/28)
世留
戰爭體驗と式年遷宮 (08/22)
山人
原田芳雄さんに合掌 (07/23)
世留
原田芳雄さんに合掌 (07/23)
山人
加地さんへの鬱憤晴し (07/12)
rice_shower
加地さんへの鬱憤晴し (07/12)
rice_shower
リーダーシップ とは何か (07/07)
山人
「一兵卒」 論 (07/05)
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
リンク
新着トラックバック

http://hamoblo.com/bougakurou/index1_0.rdf
http://hamoblo.com/bougakurou/index2_0.rss

はもぶろTOPへ戻る
株式会社ベガコーポレーション
はもぶろでブログ新規作成

Google
 
Web全体検索
はもぶろ検索2  
家具 通販

自己紹介 [2036年06月10日(Tue)]

從來、左の如き簡略な自己紹介だけで失禮して來ましたが、この度、思ひ立つて新たに自己紹介の一文を掲げました。 御興味あらば御一讀下さい。
なほ、本自己紹介文も折々は更新する積りですが、いつも通りの新しい記事は、次項 「繩浦物語への御招待」 の次に掲示されますので、御面倒ですが畫面をちとスクロールしてお讀み下さい。
続きを読む...

『繩浦物語』 への御招待 [2035年06月10日(Sun)]

覆面作家・森目嗽外先生の青春小説 『繩浦物語』 を、改めて讀み直したいが檢索が面倒だ、何とかせよ、との聲があり、何とかして見ました。 連載の第一囘目へはこゝからお入り下さい。 また第廿一囘目はこゝから、 第卅七囘へはこゝからです。 山人敬白

移転のお知らせ [2011年09月13日(Tue)]

諸般の事情により、本ブログは同名の下記ブログに移轉しました。

平成山人の評論隨筆

過去ログはこの儘に留めおき、新しい記事は移転先にアップして行きますので宜しく。

戰爭體驗と式年遷宮 [2011年08月21日(Sun)]

昨日今日、どうやら全國的に秋の雨に見舞はれ、吾家の邊りも肌寒いばかりの涼しさに惠まれて、節電續きの夏、ほつと生き返つたやうな氣分を愉しんでゐる。

尤もこの涼しさも、大方の豫報によれば所詮は一時の事らしく、殘暑はやがてまたぶり返すのだらう。

さう言へば、八月十五日を中心とする 「戰爭囘顧の季節」 もまた、吾國にあつては例年、その季節に特有の一時の事でしかないやうだ。

今年も猛暑の最中、「戰爭體驗を風化させてはならない」 とか、「戰爭を知る世代が死んで仕舞つた後の日本が心配だ」 なんぞと云ふ識者や年輩者らの聲が、徒然に眺めるテレビの畫面から幾つも流れてゐた。

けれども、これは以前にも書いた事だが、その謂ふ 「戰爭體驗」 とは十中八九 「敗戰體驗」 の事であり、ないしは 「戰災體驗」 の事でしかない。

早い話が、吾國は先の大戰に敗北する以前に、日清戰爭、日露戰爭、第一次大戰を戰ひ、連戰連勝した。

が、その 「勝利の記憶」 の 「風化」 に警鐘を鳴らす聲は絶えて聞かないのである。

それにまた、成程 「戰災」 は庶民の生活に潰滅的な被害を及ぼすが、それは戰爭と云ふ人間の營み全體から見れば、寧ろ枝葉末節でしかない。

かのクラウゼヴィッツが言つたやうに、戰爭とは 「他の手段によつて行ふ政治」 なのであり、假りにその 「體驗」 を論はうとならば、その 「手段」 によつて達成しようとした政治目的の適否や、その 「手段」 の用ゐ方の巧拙をこそ、先づは分析し反省すべきなのだ。

それも吾國にとつて希有の敗戰例たる先の大戰に就いてだけやるのでは全く不十分だし、吾國の觀點からのみやるのもまた片手落ちである。 少くとも有史以來、吾國の關はつた全ての戰爭に就いて、相手國の觀點も勘案しつゝやらねばならぬ。

それとも、そんな面倒臭い事は誰か專門化に委せておけばよい、庶民のレベルとしては肉親を死なせた歎きや家財を燒かれた怨みだけをしつかりと憶えておいて、その記憶を基に今後吾國がやるべき全ての戰爭に反對すればいゝのだ、と云ふか。

それならばもう一つ、これも以前に書いた事だが、謂はゆる 「戰爭體驗の風化」 が眞實、心配すべき事であり、「戰爭を知る世代の死滅」 が本當に大問題ならば、最も效果的な對策は唯一つ、十年か二十年に一囘、戰爭をやる事である。

然り、伊勢神宮の式年遷宮方式に倣ふ譯だ。

何かを繼承して行く上でその方式の有效なる事は、吾國二千年の歴史が證明して呉れてゐるのだから。

呵々。

假設住宅急造の記 [2011年08月 4日(Thu)]

八月に入つて何故か吾がブログやその管理畫面にアクセスが出來なくなり、ハモブロさんにメールで問合はせても宛先不明で通じない。

さてはハモブロさん、何かの事情で事業を停止されたか。 それにしても何の豫告も無しでは、これまでに書き溜めた過去ログの持ち出しも儘ならぬし、困つた事だ。 

が、無料でサーヴィスを受けてゐた身としては文句も言へないか。

とあつさり諦めて、しかし最近は更新が滞りがちになつてゐる吾がブログとは言へ、讀者ある限りは閉鎖する譯にも行かず、取敢へず 「假設住宅」 を急造した。

途端、何とハモブロへのアクセスが恢復したではないか。
全く人騒がせな……。

しかしまあ、津波で流されたと思つてゐた家財道具がそつくり戻つて來たやうなものだし、御蔭でいつでも引き移れる 「避難小屋」 も確保できた譯だし、今後どうするか、ゆつくりと考へてみる事にしよう。

さう言へば暫く緩んでゐた夏の暑さも、昨日あたりからまた戻つて來つつあるやうな気配。

熱中症とやらを避ける爲にも、何事もゆるゆるとやる方がいいやうだから。



原田芳雄さんに合掌 [2011年07月22日(Fri)]

俳優の原田芳雄さんが病歿された。

七十一歳だつたさうな。

若いなあ。

如何にも若い。

この私と一つしか違はないぢやないか ……。


さう言へば昔、私は吾が次男坊の嫁から 「お義父さんは原田芳雄にそつくり!」 と言はれた事がある。

更に昔、小學校のクラスメイトらから、やれ中村錦之助に似てゐるとか、いや鶴田浩二だとか言はれた事もあつて、そんな擬へを寧ろ不快に思つてゐた私だが、 息子の嫁のその言葉は、何故か他愛もなく嬉しかつた。

そんな事があつたから餘計に、此度の訃報に心塞ぐのかも知れない。

それとも、七十歳とか七十一歳とか云ふのは、實はそれほど若くない年齡なのだと云ふ事を、吾が潛在意識が薄々承知してゐて、だから知らず知らず、原田さんの死が身につまされてゐるのだらうか ……。

とまれ、合掌。

總理を押込めろつて? [2011年07月17日(Sun)]

江戸時代、藩國の經營に害を爲す暗君が出現した場合、その暴政を排除する手段として、家臣らが藩主を押込める制度があつた。

その手順とやらに就いて、十七日附け産經新聞産經抄は次のやうに説明してゐる。

曰く、まづ家老や重臣らが暴政を改めるやう諫言(かんげん)する。 聞き入れられない場合、重臣らが 「押込」 を決定し藩主に宣言する。 その上で藩主から大小の刀を取り上げ、身柄を拘束する。 藩主は座敷牢のやうな所で 「反省」 の態度をみせるまで監禁される云々。

この日、産經抄がこの話題を取上げた目的はどうやら、菅總理の 「暴政」 からこの國を救ふ手段を提案する事にあるらしい。

即ち同抄の結論に曰く、今の政治家にできるのはもう、菅直人首相の 「押込」 しかない。 思ひつき政策で國政を混亂させても反省する様子もない。 批判も受け入れず政権にしがみつくのだからその 「資格」 は十分だ云々。

その 「資格」 とはどうやら 「押込められる資格」 と云ふ事のやうだが、そんな用語選擇の適否も然る事ながら、産經抄子は果して本氣で菅總理の 「押込」 が出來ると信じてゐるのだらうか。

だとすれば、私は同子の正氣を疑はざるを得ない。

封建の江戸時代は知らず、平成民主々義の今の世にあつて、その 「手順」 の實行は 「拉致監禁」 と云ふ刑法上の罪を犯す事に他ならないし、もしもそんな方法で總理の職權を奪へば、それはクーデターに相當する重大犯罪となる筈だからだ。

更に云へば、この日の産經抄子の提案する處、菅總理に對するテロの勸めも同然なのである。 とてもではないが、正氣の新聞人が自紙の第一面に書くべきコラムとは思へないではないか。
 

産經抄子に忠告する。 如何に節電の夏だとて、記事を書く時にはエアコンを入れ、ないしは氷嚢でも用意して、しつかりと頭を冷してから書くがよい。

さもなくば、覺えずして重大犯罪を教唆する結果ともならう。

尤も、産經新聞にそれほど熱心な、かつ身を鴻毛の輕きに置くやうな讀者がゐればの事ではあるが。

呵々。

加地さんへの鬱憤晴し [2011年06月27日(Mon)]

廿六日附け産經新聞第一面の不定期連載コラム 「古典個展」。 書き手は立命館大學教授の加地伸行さん。

この人の文章は概ね面白くないので滅多に讀まないのだが、この日のそれには 「決斷、責任、進退は宿命」 との副題が附されてゐて、それに釣られて、ついつい目を通して仕舞つた。

そして案の定、後悔した。 腹も立つた。 梅雨空の鬱陶しさが一層増して、心中、鬱憤晴しの激語を吐き捲つた。 以下はその一部である。

先づ問題の加地さんの文章だが、冒頭いきなり、かうある。 「函館に泊つた(翌日は札幌)」 と。

が、こんな獨り善がりで横著な書き出しがあるものか。 要するに加地さんは御本人の居住地らしい大阪から、何用あつてか知らぬが札幌へと趨く途中、五稜郭を見たくて函館に途中下車したらしいのだが、そんな事情が漸く判明するのは、その獨り善がりの文章を更に二、三十行も讀み進んで後の事でしかないのだ。

それどころか、更に呆れた事に、かなり長文のそのコラムを最後まで讀み通してなほ、加地さんが何用あつて札幌へ行つたのかは、依然として不明なまゝなのだ。 それならば 「(翌日は札幌)」 との注書きは全くの無駄ではないか。

序でに言へば、抑も良き文章とは朗讀に堪へるべきものだが、文中に丸括弧で加へられた注釋は朗讀を妨げる。 詰り、さう云ふ無樣な書き振りを晒す事自體、物書きとしては一流ならざる證なのだ。

しかも、その無樣で横著な無駄書きに續けては、「私は飛行機に乘らない主義なので、大阪からJRで約十三時間。疲れた」 と來る。

成程、十三時間も汽車に乘り續ければ疲れもしよう。 しかし、それは飽迄も加地さんの 「主義」 のせゐであつて、JRの責任ではないし、況はんや讀者の全く關知しない、加地さんの個人的愚癡の類ひでしかない。

こゝで事の序でにヤフーで路線檢索してみたら、JRで大阪驛から函館驛まで、乘換へその他のラグタイム四、五十分を含んで、所要時間は十時間から十時間半と出た。 JRの提供するさう云ふサーヴィスを加地さんが敢て排し、態々十三時間も乘り續ける經路を選んだのは、これまた御本人の勝手であらう。

更に、さうして勝手に疲れた代償に加地さんが見得たものは、「東北被災三縣を通り拔けるとき、屋根をブルーシートで覆つてゐる家屋が點在してゐ」 る光景であり、その結果、「内陸部にも相當な被害があつたことが分」 つたさうなのだが、そんな事、既に繰返し報道されてゐる事ではないか。 今更得意げに觸れて見せるまでもあるまい。

等々、最初の十行足らずを讀んだのみで、これだけ 「突つ込み」 を入れたくなるのだが、こんな調子で一々惡口を書き續けるのは、如何に鬱憤晴しの爲とは云へ、やはり疲れる。

そこで後は掻い摘んで濟ませる事にするが、加地さんは 「翌日、五稜郭を訪れ」 て、その城の降將・榎本武揚の 「堂々たる敗軍の將」 振りに思ひを馳せ、それを高く稱揚した後、「それに比べて、今や四面楚歌の菅直人首相の往生際の惡」 さを論ひ、思ふ樣、罵詈讒謗を浴びせてゐる。

が、その罵詈讒謗の種もまた、今や報道され盡くして俗論通説の類ひと化したものばかりだし、それに何より、四面楚歌かどうかは扨措き、菅さんは斷じて敗軍の將ではない。 今や位人身を極めた一國の總理であり、少くとも形式的には堂々の優越者なのだ。 それを降將・榎本武揚に比して評するなんぞ、見當違ひも甚しからう。

また肝腎要めの 「決斷、責任、進退」 に就いても、例へば福島第一原發の事故處理に就いて、やれ 「廢爐の周圍を堅固な擁壁で圍」 むべきだとか、「原發から廿キロメートルの圓周に外壁を作」 り、その内側の 「土地を瓦礫の捨て場所と」 せよとか、要するに加地さん流の思附きの類ひを菅總理が採用しない事を 「誤ち」 だと決め附けてゐるに過ぎない。

いやいや、論語讀みを自稱するらしい加地さんの見る處によれば、菅さんの本當の誤りは 「誤ちて改め」 ざる事にあるらしいのだが、これまた蛙の面に水を注ぐ類ひの無益な御説教である。

抑も菅さんには誤つたと云ふ自覺がどう見ても認められない、詰り菅さんの主觀の中に、改めるべき誤りは存在しないらしいのだから。

呵々。

リーダーシップ とは何か [2011年06月19日(Sun)]

過日、某公共施設のロビーに設置されたテレビの脇を偶々通り掛つた處、折から國會中繼をやつてゐて、菅總理が誰やら婦人議員の質問に答へて、こんな意味の事を言つてゐるのが耳に留まつた。

曰く、私にリーダーシップが缺けてゐると言はれるが、リーダーシップの發揮の仕方にも色々あつて、早速に事故の現場に出掛け、自ら現状を把握した事もまた、私なりにリーダーシップを發揮したものだと思つてゐる云々。

本當に通りすがりに、ちらりと耳にしただけだから慥かな事は言へないのだが、その答辯に對して質問者の婦人議員や議場が激しく反撥した氣配は感ぜられなかつた。

けれども、私は呆れ果てゝゐた。 これほどリーダーシップの何たるかを知らず、詰りは無知を晒した、ないしは巫山戲た科白が、苟くも一國の總理大臣の口から出ようとは ……。

さうではないか、少くとも私の知る限り、指揮官が自ら現場に出掛けたり、現状を自分の目で觀察したりする事とリーダーシップとは、直接には何の關はりも無い筈なのだ。

にも拘らず、そんな珍答辯が、どうやら質問者や野黨議員らの怒りも失笑も買はず、吾が國會議場を堂々と罷り通つてゐるとは。

或いは、これはもしかしたら、私の常識の方が間違つてゐるのだらうか ……。

まさか、とは思ひながらも、私はふと不安に驅られて、歸宅後、取敢へずネットで語義檢索をやつてみた。

その結果は案の定、以下の如くだつた。

先づ小學館のウエッブ辭書 「大辭泉」 は、リーダーシップとは 「1 指導者としての地位・任務。指導權。2 指導者としての素質・能力。統率力」 の事であるとしてゐる。

また同じ小學館の 「日本大百科全書」 は 「リーダーシップの機能」 として次の六項目を擧げてゐた。

(1)目標の明確化と目標追求の維持
(2)目標達成手段・資源の供給・補給
(3)集團構造の構築と維持
(4)集團行動、相互作用の促進
(5)内部結束とメンバーの充足感維持
(6)欲望の調整、組織活動の促進

端から分り切つてゐた話だが、やはり菅さんが自ら誇つてみせた行爲は、一般に認められるべきリーダーシップの語義にも、六項目もの機能のどれとも符合してゐなかつた。

成程、早速に事故の現場に出掛けた結果、現場の士氣を鼓舞したとか、自ら現状を把握して得た知見を何か新たな施策に生かしたとか云ふのであれば、それは 「私なりに」 であれ何であれ、リーダーシップの發揮に繋がる行爲と認められる。

しかし大方の報道によれば、そんな事は全く無かつた。 それどころか、却つて現場の混亂は増し、業務は停滯し、士氣は衰へ、その一方、菅指導部の無爲無策は以後も改らなかつた模樣である。

要するに、繰返して言ふが菅さんの科白は紛れもなく珍答辯の類ひだつた。 彼はリーダーシップの何たるかを全く認識してをらず、隨つて當然ながら、それを發揮する事など思ひも寄らぬ類ひの人材に過ぎない事を、その巫山戲た科白によつて滿天下に明らかにしてみせたに他ならないのだ。

因みに、上に引いた「大辭泉」 は 「リーダーシップ」 なる語の用例としてたゞ一つ、「―に欠ける」 と云ふのを擧げてゐたが、この際、それが妙に適切に感じられて、私は憫笑を誘はれたのであつた。

尤も、最後に言はずもがなの蛇足を加へておけば、自國の總理大臣の無知や無樣を論つて、私は心から愉しんでゐる譯では決してない。

寧ろ、偶々耳にした總理のあの珍答辯が、私の加齡ゆゑの幻聽か、少くとも聞き間違ひであつて呉れたならばとさへ、心の隅では思つてゐるのである。

忌むべき想定 [2011年06月12日(Sun)]


東京直下型地震の生起による首都機能潰滅の事態に備へて、大阪邊りに 「副首都」 を設けておかうとの動きがあるらしい。

結構な事である。

さう云ふ望ましくない事態を想定して豫め手立てを講じておかうと云ふのは、古來、言靈の效果を潛在意識下に信ずる吾が民族の最も苦手とする處であり、寧ろ忌み嫌ふ處ですらあつた。

吾國古來の言靈信仰によれば、或る事態の生起を想定し言葉に上せる事自體が、その事態を引起す誘因となるのであり、それゆゑ起つて困るやうな事を考へるのはタブーなのである。

分り易い例を擧げれば、結婚式のスピーチに 「切れる」 とか 「割れる」 とか云ふ忌詞を避けたがるのがその信仰の證だが、此度の大震災やそれに伴ふ原發事故に於て、呆れるばかりに多くの 「當然起り得るやうな事態」 が軒竝み 「想定外」 とされてゐたのも、少くとも一部には言靈信仰に縛られた思考習慣のなさしめる處であつたに違ひない。

更に敷衍すれば、建築物の安全性を設計段階に於て檢査し確認する制度を折角作つておきながら、耐震僞裝設計を敢てする惡徳設計士の存在し得る事を全く想定せず、謂はゆる性善説に基いてその制度を運用してゐた等と云ふのも、やはり同斷と見て差し支へあるまい。

そんな思考習慣の缺陷に一部の政治家や識者が漸く氣附いて、敢て 「忌むべき想定」 を意識の表面に上ぼせ、それが現實化した場合に備へて豫め手を打つておかうと云ふのだから、それは吾國としては正眞正銘、劃期的な動きと評價して然るべきなのである。

けれども、さう云ふ忌むべき自然災害事態を敢て想定するのならば、この際、百尺竿頭一歩を進めて、起り得るべき人爲的災厄、端的に言へば戰爭やテロルの生起をも想定に入れ、對策を講じておくのでなければ、全く畫龍點睛を缺き、また首尾一貫せぬ事ともならう。

無論、さう云ふ脅威への備へは首都圈に於てばかりではなく、全國的に必要な事であり、自衞隊も警察その他の治安機關も、その備へを固めるべく常日頃努力してゐる事は論を俟たない。

しかし、例へば現在の吾が自衞隊の戰力配備を以て、吾が戰鬪機による防空網を掻い潛つて首都圈に潛入した敵機から皇居なり國會議事堂なりを防禦する事は、控へ目に言つても極めて困難であり、語弊を恐れず言へば不可能に近いのである。

吾が戰鬪機が撃ち洩らした敵機への對處や點目標の防空は、對空ミサイルや高射砲によつて行ふ他はないのだが、現在の吾國に於ては萬事が民事優先、殊に首都圈に於て、對空火器を重要防護目標の周圍に適切に配備する爲の地積を求める事など現實問題として不可能であり、事實、現状の配備で效果的な防空火網が構成出來てゐるとは迚も言へないからである。

それが證據に、何時だつたか北鮮が彈道彈の發射實驗をやらうとした折、その彈體が首都圈に落下するのを迎撃粉碎する任務を與へられた航空自衞隊のミサイル部隊は、現配備基地外の然るべき場所へ態々機動展開する事を餘儀なくされたのであつた。

その折、吾が機動展開車列は慥か道に迷つたかどうかして、要するに無樣を晒したと記憶するが、それもこれも、折角整備した自衞隊の戰力を實際に使ふと云ふ忌むべき事態の生起を政府が眞面目に想定してゐなかつたからに他なるまい。

それにまた、抑も機動展開には當然ながら時間が掛つて急場の役には立たないし、さう云ふ人爲的災厄は空からのものばかりとも限らない。

それゆゑ、大阪地域にであれ他の何處かにであれ、これから 「副首都」 を建設するに當つては、海上自衞隊や陸上自衞隊の部隊にもまた、徹底した 「忌むべき想定」 に基いて所要の地點に所要の地積を與へ、無論、必要にして充分なる裝備と兵員もまた與へておくべきである。

さうでなければ、何時の日か一旦緩急ある時、吾が政府當局はまたしても 「想定外」 との遁辭を繰返す無樣を滿天下に晒す事にならう。



と云ふ私の 「忌むべき想定」 が現實のものとならぬやう、私としてはたゞ祈る他は無いのだが。
| 次へ
ハモブロで日記を新規作成する。